患者さん向け

定位・機能的神経外科とは

定位・機能的脳神経外科とは、パーキンソン病、ふるえ(振戦)、ジストニアなどの不随意運動症や、難治性の神経性の痛み、痙縮などの機能的神経疾患に対して、外科的な治療を行い、症状の緩和を図る治療分野です。(図1-1)

図1-1:機能的脳神経外科では、脳、脊髄、末梢神経の幅広い神経疾患の治療を行っています

これらの神経の病気のうちで、自分の意志に反し勝手に異常運動が生じるものを不随意運動症といい、パーキンソン病、ふるえ(本態性振戦)、ジストニアが代表的な疾患です。不随意運動症では脳の深い部分にある大脳基底核や視床という場所が機能異常を起こしているため、ふるえや動作緩慢、体・手足の異常な動きや筋緊張が起きています。
外科的治療では、定位的脳手術という手術方法があり、特殊な装置を用いて、脳深部の治療部位に正確に電極を挿入し、電気刺激を行ったり(脳深部刺激療法:deep brain stimulation:DBS)、熱凝固を行ったりすることで、症状の改善が得られます(図1-2)。
頭の手術が必要になりますが、頭蓋骨に小さな孔を開けるだけですみ、比較的低侵襲で安全な手術方法です。

定位的脳手術

図1-2:定位的脳手術

また、最近では超音波を用いて脳深部の熱凝固を行うことが可能です(集束超音波療法)。ほかにも機能的脳神経外科では、神経障害性疼痛や痙縮といった神経の病気に対して、電気刺激療法、磁気刺激療法, ポンプを用いた薬剤投与療法、脊髄・末梢神経の手術を行っています。

パーキンソン病・運動障害疾患・
不随意運動症

パーキンソン病

パーキンソン病とは

パーキンソン病は徐々にからだの動きが鈍くなる病気です。左右いずれかの手や足の動きが小さくなる、すばやく動かせない、歩く時に腕をふらなくなる(動作緩慢、無動・寡動)といった症状があらわれます。筋肉がこわばる(筋強剛)、何もしていない時に手足が小刻みにふるえる(静止時振戦)、前屈みで小刻みに歩く、からだのバランスが取りにくくなる(姿勢保持障害)といった症状もパーキンソン病の特徴です(図2-1)。表情が乏しい、字が小さくなる、ものが飲み込みにくい、手足のしびれ・痛み、関節や筋肉の痛み、さらには、臭いがわかりにくい、便秘、立ちくらみ、睡眠の障害もパーキンソン病の症状として知られています。

パーキンソン病の運動症状

図2-1:パーキンソン病の運動症状

パーキンソン病の患者さんは日本全国で約20万人、およそ人口700人あたりにひとりの割合です。パーキンソン病の発症年齢は50歳から60歳以降であることから、高齢の方の100人にひとりがパーキンソン病の患者さんであり、脳卒中、認知症についで頻度の高い神経の病気です。

パーキンソン病の原因は不明で、いくつかの要因が重なり中脳黒質(図2-2)とよばれる脳の一部にあるドパミン神経細胞が徐々に失われると、ドパミンの分泌が少なくなり、パーキンソン病を発症します。なお家族性パーキンソン病では、発症年齢が40歳未満と若く、20以上の関連遺伝子が明らかになっています。

中脳黒質模式図(左)成人中脳 黒質(矢印)(右)パーキンソン病患者の中脳黒質(二重矢印)ドパミン神経細胞が脱落し黒質の黒い部分が乏しい

図2-2:中脳黒質模式図(左)成人中脳 黒質(矢印)(右)パーキンソン病患者の中脳黒質(二重矢印)ドパミン神経細胞が脱落し黒質の黒い部分が乏しい

治療の基本は薬による治療で、足りなくなっているドパミンを補充するため、L-ドパやドパミンと似た働きをする薬(ドパミン作動薬、ドパミンアゴニスト)を内服します。
発症後数年は薬がよく効きます。しかし病状は徐々に進み手足の症状は両側となり、また転倒しやすくなります(ヤール分類、図2-3)。

パーキンソン病 病期 ヤール分類

図2-3:ヤール分類

薬による治療が5年以上経つと薬の効く時間が短くなり、薬が効いて動きやすい時間帯(オン)と、薬の効果が切れて動きにくくなる時間帯(オフ)が出現するようになります(ウェアリングオフ現象、図2-4)。またさらに進行すると薬の内服により、手足が勝手に動いてしまう不随意運動が生じる場合もあります(ジスキネジア、図2-4)。

通常、オフの時間が長くなったり、ジスキネジアが強く出たりする場合は、薬の調整を行い症状の変動がないよう治療されます。薬では解決しにくい場合には、手術の効果が期待できます。脳深部刺激療法(DBS)が最もよく行われている手術です。2020年には集束超音波療法(FUS)によるパーキンソン病の治療も保険で認可されました。

パーキンソン病の症状

図2-4:パーキンソン病の症状

パーキンソン病に対する脳深部刺激療法

パーキンソン病では中脳黒質という場所からのドパミン産生が少なくなることが症状の原因と考えられており、足りなくなったドパミンを補充することが治療法の基本で、レボドパもしくはドパミン作動薬/補助薬といった薬を使います。病初期は薬の効果が長く持続するため、薬の副作用(ジスキネジアなど)や薬が切れる事による症状(オフ症状:身体の動かしにくさ)を感じることはほとんどありません(図2-4)。

しかし、病気は時間とともに進行していくため、罹病期間が長くなると、薬の効果が切れてしまって動けない状態(オフ時間)が生じたり、ジスキネジアという体をうねうねと動かしてしまうような不随意運動が出現したりします(図2-4)。
そのため、徐々に内服する薬の量や回数を増やして身体の動きを調整することになりますが、そのような進行期の患者さんには脳深部刺激療法が効果を発揮します。

脳深部刺激療法(deep brain stimulation : DBS)とは、その名の通り脳の深い場所に電極を留置し、胸部に埋め込んだ刺激装置からケーブルを伝って微弱な電流を流すことで脳の異常な状態を調整する治療法です(図2-5)。

脳深部刺激療法

図2-5:脳深部刺激療法

DBSにはパーキンソン病自体を完治させる効果はありませんが、一日の中で動きづらくなるオフ時間を短縮し、ジスキネジアや振戦(手足のふるえ)などの内服薬が効きにくい症状を改善することで体力を維持し、健康寿命を長くします。かつて脳深部刺激療法はパーキンソン病治療の最終手段と考えられていましたが、進行期の中でも比較的早期に用いることで、治療効果を実感できる時期が長くなると考えられています。また、発症して2・3年の間もない時期であっても、薬が効きにくい振戦が主症状の場合にはこの治療の対象になります。

脳深部刺激療法(DBS)について

脳深部刺激療法
概要

脳深部刺激療法(deep brain stimulation: DBS)とは脳の奥深くにある特定の領域(核といわれる部位です)に刺激電極を留置し、前胸部などに埋め込んだ刺激装置から電気パルスを送り刺激することにより不随意運動症の運動症状を治療する方法です。

手術の方法

標的となる脳深部の領域は数ミリととても小さいです。そのため正確な位置に刺激電極を留置するために手術では定位脳手術装置という特別な装置を使用します。
まずは定位脳手術装置の一部である、フレームを頭部に固定します。ついでCTもしくはMRIを撮影し、標的の位置を確認し、定位脳手術装置上の座標を計算します。
目標の座標が決定した後、手術を開始します。前頭部の頭皮に3〜4cm程度の皮膚切開を行い、頭蓋骨に小さな穴(一円玉ぐらいの大きさです)を開けます。定位脳手術装置を用いて、正確に標的の座標点に電極を留置します。この際、神経細胞の活動を記録し、標的を正しくとらえているかどうか確認します。目標となる領域に電極が留置できれば試験刺激を行い、効果と副作用をチェックします。症状の改善が不十分であったり、副作用が見られたりする場合には電極の留置位置を修正します。最終的に十分な症状の改善効果が得られ、副作用が見られない場所に電極を留置し、頭蓋骨に電極を固定し、皮下にリード線を一旦埋没します。ここまでの手技は局所麻酔で行うことが多いですが、患者さんの状態や施設によっては全身麻酔で行う場合もあります。

脳深部刺激療法
脳深部刺激療法

その後刺激装置の埋め込みを行いますが、ここからは全身麻酔で行います。刺激装置は前胸部や下腹部の皮下に埋め込み、頭部に埋め込まれた刺激電極と接続します。これで手術が完結します。

手術を受けた後の通院

脳深部刺激には様々な刺激条件が存在し、患者さんごとに最適な刺激条件を調べ、設定する必要があります。しばらくは外来通院の中で最適な刺激を探す作業が必要となります。一旦刺激条件が定まればその後は頻繁な調整は不要となりますが、刺激装置のメンテナンス、バッテリー残量のチェックのため外来通院が必要です。

日常生活への影響

体内に刺激電極と刺激装置が埋め込まれていますので電流や磁場に対する若干の注意が必要となります。埋め込まれた機種によりますがMRI撮影の際には刺激装置をMRI撮影用に設定し直す必要があり、MRIの撮影方法にも制限があります。MRI撮影前には必ず受診した医療機関に脳深部刺激装置が埋め込まれていることを仰ってください。他にも体に電流が流れるような医療器具など注意が必要なものがありますので、主治医へ確認するようにしましょう。

振戦

振戦とは

振戦とは筋肉が意識とは無関係に収縮と弛緩を一定のリズムで繰り返すことによって起こる体の震えのことです。振戦は主に上肢に生じますが、頭部や声、体幹、足に生じることもあります。振戦は命に関わる病気ではありませんが、震えによって字が書けなくなったり、コップで飲み物を飲めなくなったり、日常生活に多大な影響を与えうる疾患です。

原因

振戦は脳の運動機能関連領域の機能異常によって生じると考えられています。原因疾患の一つの症状として生じる場合と、本態性振戦のように振戦そのものが疾患である場合があります。代表的な原因疾患には、パーキンソン病、進行性核上性麻痺などのパーキンソン病類縁疾患、脳血管障害、甲状腺機能亢進症などが挙げられます。また、緊張や不安などで生じる生理的振戦もあります。

分類

振戦はふるえが出現する条件によって分類されます。何もしないでじっとしている時に出現するふるえを静止時振戦、動作に伴い生じるふるえを動作時振戦といいます。疾患により振戦の種類に特徴があります。例えば本態性振戦は運動時振戦が主たるものですが、パーキンソン病では静止時振戦が主たるものになります。

治療

振戦の治療には診断が大事です。振戦の原因となる原疾患が判明すれば、原疾患の治療をしっかりと受けましょう。例えば、甲状腺機能亢進症による振戦であれば甲状腺の治療を受けることで振戦は消失します。原疾患の治療がない場合などには次のような薬剤治療があります。

  1. 静止時振戦:パーキンソン病に見られる静止時振戦にはレボドパが用いられます。他に抗コリン薬が有効な場合もあります。
  2. 姿勢時振戦:本態性振戦などで見られる姿勢時振戦にはβブロッカーが使われます。βブロッカーは高血圧の薬としてよく使われる薬です。アロチノロールまたはプロプラノロールという種類のβブロッカーが有効なことがあります。他に、プリミドン、ベンゾジアゼピン誘導体が有効なこともあります。

しかしながら、このような内服薬による治療で振戦が十分に改善しない場合には外科的な治療方法が考慮されます。

定位・機能神経外科手術が有効な振戦

本態性振戦、パーキンソン病に対する脳深部刺激術や視床破壊術の効果は多くの臨床研究で確かめられています。他に手術が有効であったと報告されている振戦には多発性硬化症、外傷後振戦、起立時振戦、ホルムズ振戦などがあります。ただし、本態性振戦、パーキンソン病以外の疾患に対する手術効果は報告によるばらつきがあり注意が必要です。主治医とよく相談しましょう。

振戦に対する脳深部刺激療法

薬剤での治療が困難な振戦に対する外科治療には脳深部刺激療法、定位的視床破壊術、集束超音波視床破壊術、ガンマナイフ視床破壊術などがあります。
脳深部刺激療法の特長は刺激調節性があること、可逆的な治療方法であることです。振戦の強さや副作用に対応し刺激パラメータを調整することができます。また治療に不満足な場合など、必要に応じて刺激装置は抜去することができます。一方、短所としては刺激装置を体内に埋め込まなければならないことです。治療を受ける際には他の治療方法とよく比較してご自身にとって最適な治療方法を選択してください。

定位的凝固術
振戦に対する定位的凝固術
適応となる患者さん

振戦に対する定位的凝固治療は1950年代から有効性が報告されており、本邦でも長く行われている治療法です。脳の中の視床と呼ばれる部位が振戦症状に関与していることが分かっており、この部位を凝固する(熱を加える)ことで振戦症状の改善が得られます。現在、振戦に対する治療として凝固術、脳深部刺激治療、集束超音波療法※1が保険診療として承認されています。凝固術は①体内への人工物(脳深部刺激装置)の留置を希望しない、またはできない患者さん、②頭蓋骨密度比が低い(骨密度のばらつきが大きい)、頭髪の全剃毛を希望されないなどの理由で集束超音波療法の適応でない患者さんに第一選択として推奨される治療法です。
ただし、振戦も患者さんの様々な症状特性、病態背景により推奨される治療法が異なりますので、定位的機能外科治療を専門とする医師の診察を受けて治療法をよく相談することも大切です。

※1 2020年10月時点で、集束超音波療法の適応として保険収載されているのは本態性振戦とパーキンソン病による振戦です。

手術の方法や入院期間

定位的凝固術の入院期間は約1週間です(外来通院での抜糸を希望される場合は、さらに短期間の入院で治療可能です)。通常、全身麻酔ではなく局所麻酔(頭皮切開部に麻酔薬を注射し行う方法)で治療を行います。脳深部刺激療法や集束超音波療法と同様に手術当日に頭部へ定位的脳手術用フレームを装着し手術室に入っていただきます。頭髪は剃毛しないか、または手術部位周囲を数cmのみ剃毛します。ベッドに横になった状態で、前額部より数cm上の位置で皮膚を3cmほど切開し、その直下に約1cm径の穿頭(頭蓋骨に小さい穴を穿つ)を行います。その穴から熱凝固針を脳の中の視床と呼ばれる部位まで進めて、症状の改善度合いや副作用がないことを確認しながら数十秒間、凝固を行います。凝固が終了したら熱凝固針を抜いて皮膚を縫合し手術が終わります。術後、体内に人工物が残らない点が脳深部刺激療法との最大の違いです。手術時間は施設によって多少前後しますが、通常は脳深部刺激療法や集束超音波療法より短時間で終わります。

凝固療法の効果

凝固した直後から振戦の減少を実感していただくことができます。書字やコップの保持など特定の動作で振戦が目立つ患者さんには手術中にそうした動作もしていただき症状が軽減していることを確認します。

凝固療法の限界と起こり得る合併症

振戦症状が十分に消失するまで凝固を行いますが、凝固が広範囲になると脱力などの運動麻痺、構音障害、しびれ感などの知覚障害が出現し後遺する可能性があります。したがって、最大限の症状改善を目指しつつ副作用が出現しないように手術中は患者さんの様子を確認しながら治療を行います。

手術を受けた後の通院や日常生活への影響

通常、退院してしばらくした後に手術創の確認や脳画像検査などのために外来受診していただきますが、脳深部刺激療法と違い刺激パルス発生装置の調整が必要ありませんので、継続的な定期通院は不要です。振戦症状に対して内服していたお薬は、担当医と相談した上で減薬または終薬できます。 治療を受けたことによって禁忌となる日常生活上の事項はありません。ただし、脳の治療ですので退院時の患者さんの状態、自宅での生活スタイルに応じた注意点など説明を受けてください。

集束超音波療法

集束超音波療法とは、超音波を一か所に集めることで熱を発生させて、脳組織を熱凝固する治療法です。MRI装置の中で治療を行います。MRI撮影を行いながら超音波を照射することで、超音波を当てている場所と温度をリアルタイムでモニターしながら治療を行うことができます。皮膚切開を必要としませんが、頭髪はすべて剃毛しなければいけません。

治療時間は1〜3時間程度です。頭蓋骨の性質によっては、超音波が頭蓋内へ集束できず、高温を発生させることができないため、集束超音波療法の適応外となることがあります。そのため、集束超音波療法を受ける際には、事前に頭蓋骨が集束超音波療法に適応となるかを頭部CT検査で確認すること必要があります。
手のふるえ(振戦)を生じる本態性振戦およびパーキンソン病に対して適応のある治療です。

ジストニア

ジストニアとは

ジストニアは全身のあらゆる筋肉にさまざまなパターンで生じます。一定のパターンで筋肉が収縮し、こわばったり、ねじれたりします。これにより思いどおりに体を動かせなくなります。このパターンは患者さんによってそれぞれ違います。パターンや部位によっては、ジストニアに病名がついていることがあります。字を書くときに症状がでれば書痙、首に症状があれば痙性斜頸などとなります。同じ病名でもパターンはさまざまです。頭の画像検査をしても、多くの場合は異常が見つかりません。何等かの原因で脳の神経回路に異常な信号パターンが生じてしまい、これにより体の筋肉が勝手に動いてしまいます。

ジストニアには、さまざまな治療法があります。薬の内服、ボツリヌス毒素の筋肉内への注射などがされますが、これらが無効、効果不十分であった場合、手術治療が行われます。手術治療があることについてはあまり知られていないかもしれませんが、病気によっては完治に至ることもあります。

手術治療には、脳深部刺激療法、定位的凝固術、バクロフェン髄腔内投与療法などがあります。バクロフェン髄腔内投与療法は別の項目で解説がありますが。全身性で難治性のジストニアの患者さんに対して体を柔らかくして症状を軽減させる目的で行われることがあります。

定位・機能神経外科手術が有効なジストニア

脳深部刺激療法

脳深部刺激療法は、脳の深部に電極を挿入し持続的に電気刺激することで、異常な信号パターンに陥っている脳の神経回路を調整し、症状を軽減させます。主に両側の淡蒼球内節という部位を刺激します。

ジストニア全般に適応となりますが、特に有効性が期待される疾患は、下記のものがあります。

  • 全身性のジストニア
  • 体幹部(顔・首・口・腰など)のジストニア
  • 薬の副作用によるジストニア(遅発性ジストニアといいます)

特に一部の遺伝性のジストニアや遅発性ジストニアでは、高い有効性が示されています。その他のジストニアについても、それぞれの症状パターンごとのデータは多くは報告されておりませんが、有効性が期待されます。

定位的凝固術

定位的凝固術は、脳の深部に電極を挿入し熱を発生させることで、標的とする構造物を熱凝固する方法です。基本的に得られる効果は脳深部刺激療法と同一です。体内に器械の埋め込みを要さずに効果を得ることができます。適応となる疾患は脳深部刺激療法と同一ですが、手や足などの身体の片側に限局しているジストニアに対して、最もよい適応があります。

難治性疼痛

難治性疼痛(神経障害性疼痛)とは

痛みは生命の危険を知らせ、身の安全を守るための危険探知感覚として存在し、私たちの生命活動に欠かせない役割を持ちます。ところが、必要以上に長く続いたり、原因がはっきりしなかったりする痛みは、不必要であるばかりか、日常生活に支障をきたしてしまいます。
一般に3カ月以上継続する痛みを慢性疼痛と呼びます。慢性疼痛には、神経自体が圧迫や損傷を受けて起こる「神経障害性疼痛」という痛みがあります。神経障害性疼痛では、痛みの部位の感覚が鈍くなる(知覚鈍麻)、少しの痛みでもとても強い痛みに感じる(痛覚過敏)、痛みではない刺激(触れる、寒冷など)を痛みとして感じる(アロディニア)などの感覚の異常があり、「電気が走る」「刺す」「焼ける」「しびれる」ような症状が持続的、かつ発作的に出現することが特徴です。
神経障害性疼痛に対しては、切り傷や打撲、骨折、やけどなどによる痛み(侵害受容性疼痛)に効果がある一般的な痛み止め(非ステロイド性消炎鎮痛薬)は効きません。神経に直接作用する特別な薬を内服する必要があります。
薬物治療で痛みが治まればよいのですが、痛みが慢性化すると完全に抑えられない場合があります。その場合、神経ブロック、理学療法などのリハビリテーション、認知行動療法などの心理的な療法を合わせて治療を行っていきます(図3-1)。これらの治療で十分な効果が得られない場合、脊髄刺激療法などの神経刺激療法が適応となります。

慢性疼痛に対する治療

図3-1:慢性疼痛に対する治療

定位・機能神経外科治療が有効な難治性疼痛

定位・機能神経外科治療の効果が期待される痛みは、慢性疼痛のうち、神経に原因があると考えられる痛みになります。一般的に、神経障害性疼痛と呼ばれる痛みです。神経には、脳と脊髄からなる中枢神経と末梢神経がありますが、これらの神経に不具合を生じるあらゆる病気やけがが痛みの原因となり得ます。例えば、脳梗塞や脳出血で脳に障害を生じた後に、顔や手足を含む半身に痛みを生じることがあります。また、脊椎脊髄疾患により脊髄や末梢神経に障害が加わり、適切な治療後も痛みが残存することがあります。さらに、末梢神経に障害が加わるけがや糖尿病、帯状疱疹といった病気も痛みの原因となることがあります。このように、様々な原因により不具合を生じた神経は、勝手に興奮をして過剰な痛みの信号を脳へ伝えたり、本来は痛みと感じない程度の感覚を誤って痛みとして脳に認識させたりすることで、不快な痛みを生じます。定位・機能神経外科治療では、脳や脊髄、末梢神経に特殊な医療機器を用いて微弱な電気を作用させ、このような神経回路に生じた不具合を調節し、痛みを緩和することが可能です。また、神経障害性疼痛のほかに、四肢の血流障害に伴う痛みにも、定位・機能神経外科治療が有効な場合があります。

脊髄刺激療法(SCS)

脊髄を刺激することによって痛みの緩和を図る治療として脊髄刺激療法(spinal cord stimulation: SCS)があります。この治療では、脊髄に電気刺激を与えることで、痛みを引き起こしている神経の異常な興奮を調整することで、脳に痛みの信号を伝わりにくくさせることで、鎮痛効果が発揮されると考えられています。
対象となる痛みは、神経が原因となって生じる痛み(神経障害性疼痛)と、末梢血管の血流が不良(虚血)となり生じる痛み(血行障害性疼痛)です。
代表的な疾患では、脊椎手術後に改善しない痛み(脊椎術後疼痛)、脊椎手術が困難であるかまたは適応とされない脊椎疾患の神経の痛み(脊柱管狭窄症、脊椎圧迫骨折などによる神経の圧迫)、脊髄腫瘍や脊髄損傷などによる脊髄の痛み、脳卒中(脳出血、脳梗塞)後の痛み、複合性局所疼痛症候群、帯状疱疹後神経痛、開胸手術後の痛み、糖尿病による末梢神経の障害(糖尿病性ニューロパチー)、動脈硬化などの血流障害による下肢の痛み、などです。(表3-1)

脊髄刺激療法が有効な疾患
神経障害性疼痛
  • 脊椎手術後の神経の痛み
  • 複合性局所疼痛症候群
  • 脊椎疾患(脊柱管狭窄症、脊椎圧迫骨折など)の神経の痛み
  • 末梢神経障害による痛み
  • 糖尿病性ニューロパチー
  • 切断後痛(断端痛、幻肢痛)
  • 開胸術後の痛み
  • 帯状疱疹後神経痛
  • 脊髄損傷(外傷、炎症、腫瘍など)による痛み
  • 脳卒中後(出血、梗塞)の痛み
末梢血流障害
  • 閉塞性動脈硬化症
  • バージャー病
  • レイノー病

表3-1:脊髄刺激療法が有効な疾患

手術では、脊髄を包む硬膜の外側の硬膜外腔という場所に治療用の電極を挿入し、体内に刺激装置を植え込みます(図3-2)。

脊髄刺激療法

図3-2:脊髄刺激療法

脊髄刺激装置を埋込みする前に、電極のみを留置して、体外から試験的に刺激を行い、鎮痛効果があるのかどうかを試すことが可能です。約1週間の試験刺激により、実際に痛みに効果があるかどうかを患者さんは体験することができます。脊髄刺激により、鎮痛効果があり、患者さんがその効果に満足した場合、脊髄刺激装置の本植え込みを行います。侵襲度は低く、手術は安全に行えます。

治療開始後は患者さん自身がリモコンを操作し、痛みを自分でコントロールすることができます。最近は刺激装置が改良されており、今後さらに鎮痛効果の改善が期待できます。

磁気刺激療法

反復経頭蓋磁気刺激療法

図3-3:反復経頭蓋磁気刺激療法

頭の外から脳を刺激して痛みを緩和する治療法として、反復経頭蓋磁気刺激(repetitive transcranial magnetic stimulation:rTMS)があります。rTMSでは、頭皮上に刺激コイルを置いて、パルス状の電流をコイルに流すことで、電磁誘導の法則で直下の脳を電気的に刺激します。頭皮上に刺激コイルを置くだけですので、手術や鎮静薬も必要ありません(図3)。以前は、開頭術で頭蓋内に電極を植え込んで、直接脳を刺激する植込み型の一次運動野刺激術が行われていましたが、この手術を参考にrTMSが開発されてきました。

rTMSは、薬剤抵抗性のうつ病に対しては、日本を含め各国で承認を受けておりますが、痛みに対しては日本では承認を受けておりません。まだ研究段階ではありますが、脳や脊髄、末梢神経が障害されたときに起きてくる神経障害性疼痛に効果があるとされています。

また、その他の難治性疼痛についても、効果がありそうだという報告があります。刺激する場所については、一次運動野(体の動きをつかさどる脳領域)の刺激が痛みに効果があるとされています。一次運動野を刺激することで、脳の中の痛みに関係する部分に働きかけたり、運動システムを活性化したりして、痛みの感じ方を変えると考えられています。

1回の刺激は10~20分程度で、1回だけでは効果が一時的であるため、最近は数日から数週間にわたって刺激を繰り返すことが多くなっています。rTMSの効果には個人差があり、痛みが緩和される方から効果のない方までおられます。手術療法より安全性は高く、報告されている副作用は、刺激中あるいは直後の一時的なもので、重大な副作用は報告されていません。頻度は非常に少ないですが、けいれんを起こす場合があるため、多くの臨床試験では、そのような危険性のある方にはしないようにしています。

痙縮(けいしゅく)

痙縮(けいしゅく)とは

痙縮は、脳卒中(脳血管障害)や頭部外傷・脊髄損傷・脳性麻痺など、中枢神経(脳や脊髄)の障害によって起こってしまう麻痺に伴う後遺症の1つです。
痙縮が起こると、運動麻痺が生じた手や足の筋肉が徐々に硬くなり、指が握ったままで開きにくい、手首やひじが曲がり伸ばしにくい、脇(肩関節)が開きにくい、踵(かかと)が着きにくい(尖足)、内側を向く(内反)、足の趾が曲がるなどの症状を呈します。また手足を動かそうとすると勝手に手足が震えたりもします(クローヌス)。(図4-1)

図4-1

この様な状態が続くと、筋肉や関節が固まってしまったり、わずかな刺激で筋肉に異常な力が入り、締め付け感や痛みなどを起こして、眠れなくなったり日常生活動作に支障をきたし、生活の質の低下につながってしまいます。
この様な痙縮に対しての治療は、一般的には飲み薬やリハビリテーションを行いますが、これらの治療に抵抗を示す場合は、筋肉へのボツリヌスによる注射療法や外科的治療により症状を緩和させることができます。

定位・機能神経外科治療が有効な痙縮

痙縮は、様々な中枢神経(脳や脊髄)障害を起こした時に認められる症状のことで、病気の種類は関係ありません。また、痙縮治療は症状を緩和するもので、病気自体を治す治療ではありません。

代表的な痙縮症状を示します。

股関節が開きにくい、(写真4-1)伸びにくい、膝が曲がって伸びにくい、つま先が伸びて踵がつきにくい(写真4-2)、つま先が内側向く(写真4-3)、足趾が曲がる(写真4-4)
肩や腕や手
肩が開きにくい、肘や手首が曲がり伸びにくい(写真4-5)、指が曲がり開きにくい(写真4-6)
体幹
体が後に引っ張られるように伸びてしまう
  • 写真4-1

    はさみ足
    はさみ足
    股関節が内側に向いてしまう
  • 写真4-2

    尖足
    尖足
    立位で、かかとが着かない(左足)
  • 写真4-3

    内反
    内反
    つま先が内側を向いてしまう(右足)
  • 写真4-4

    槌趾(つちゆび)
    槌趾(つちゆび)
    足の指が足裏側に曲がってしまう
  • 写真4-5

    握りこぶし変形
    握りこぶし変形
    指を握りこんでしまう
  • 写真4-6

    肘関節・手関節の屈曲
    肘関節・手関節の屈曲
    肘と手首が伸びない

選択的末梢神経縮小術

手や足の一部など、狭い範囲の痙縮に対しての手術方法で、手足の運動神経を手術により3/4から4/5程度に縮小し、痙縮を緩和します。
成人の脳卒中、頭部外傷、痙直型脳性麻痺に伴う、肩・肘・足関節などに認める痙縮において、薬物療法やリハビリテーションに抵抗性で、歩行や日常生活が妨げられている場合に行われる手術です。この様な痙縮は、一般的には筋肉へのボツリヌス注射療法が行われる事が多いですが、手術では単回の手術で完結できる利点があります。

選択的脊髄後根切断術

小児の痙直型脳性麻痺の中でも、痙縮の範囲が広く、中・重症度の下肢対麻痺の患児や、体幹に痙性を認める四肢麻痺の患児に対して行われます。
腰の部分で足の末梢神経(感覚神経)が脊髄に入る部分の神経を部分的に切断し、有害な脊髄反射を低減させ痙縮を緩和する手術です。
手術は、運動機能の評価が可能となる2歳半から学童期前半までが理想で、10歳以上は関節拘縮などを伴うことが多く、主治医と共に慎重に判断します。

バクロフェン髄腔内投与療法(ITB療法)

ITB療法は、病気の種類に関係なく、脊髄損傷・脳性麻痺・頭部外傷性および脳卒中後の広い範囲の痙縮に対して行われます。

筋肉を柔らかくする薬(バクロフェン)を、お腹の皮下に埋め込んだ金属ポンプからカテーテルと呼ばれる管を通じて脊髄の周囲にある脳脊髄液の中に送り込む治療法です。

ポンプ植込み手術を行う前にバクロフェンを脊髄腔内に注射して、「薬が患者さんに効くかどうか」(スクリーニングテスト:数日間の入院)判定テストを行います。この薬剤の効果を実際に体感して頂いてから、効果を認めた場合にポンプを植込みます(手術後のリハビリテーションも含めて約1ヵ月程度の入院)(写真4-7)。

この治療は、患者さんの状態に応じて薬の量が調節でき、痙縮をコントロールすることができます。痙縮をやわらげることで、日常生活の活動の幅を広げ、生活を豊かにすることを目的としています。約3ヵ月毎に、薬を補充いたします(写真4-8)。

  • 写真4-7

    ITB手術後のレントゲン画像
    ITB手術後のレントゲン画像
    腹部にポンプが留置されている
  • 写真4-8

    約3ヵ月毎に薬を充填

    外来にて約3ヵ月毎に薬を充填、ポンプは約5〜7年で電池消耗のために交換が必要です。

てんかんへの応用

機能的脳神経外科が有効なてんかん

てんかんは脳細胞の一部が異常な電気活動をおこし、それが広範囲の脳に、神経ネットワークを介して広がることで、けいれん発作やその場にそぐわない行動をとる発作が引き起こされる慢性の脳の病気です。通常は薬で治療しますが、薬が効かないてんかん患者さんには、機能的脳神経外科の手法を用いたてんかん手術がおこなわれています。

てんかん手術には発作を消失させる根治的手術と発作の軽減を図る緩和的手術があります。

1)根治的手術(切除手術)(図5-1)

脳波やMRI検査等により、てんかんの原因となる脳の部位(てんかん焦点と言います)を特定した後に、開頭手術を行い、てんかん焦点を切除して発作を止めます。しかし運動、言語、視覚、知覚、記憶など重要な機能がある部位は障害がない限り切除はしません。てんかんの原因や焦点の部位にもよりますが、発作消失率は60-80%程度と良好な結果が得られています。
近年、根治手術の前に、頭蓋骨に小さな孔をいくつか開け、脳の深部に電極を10数本留置し、脳波を記録することによりてんかん焦点を特定する手法が開発され、根治的手術の精度が上がっています(ステレオ脳波:図5-2)。

図5-1:てんかんに対する機能的脳神経外科

ステレオ脳波

図5-2:ステレオ脳波

2)緩和的手術(図5-1)

てんかん焦点が脳の広い範囲に及ぶ場合や多発性の場合に用いられます。開頭手術により脳の異常な電気活動を広げるネットワークを遮断し、てんかん発作を抑える手術法です。緩和的手術では発作の消失はあまり望めませんが、約50-70%の患者さんで発作症状の軽減や回数の減少が見込まれます。危険な発作で困っておられる患者さんや、長い間多くの薬を飲んで副作用が気になる患者さんには有効な治療法です。

3)体内埋込み装置による緩和的治療

近年、脳神経を電気刺激する装置を体内に埋込み、発作を軽くしようとする治療法が開発されています。迷走神経刺激療法(後述)もそのひとつです。それ以外に海外ではパーキンソン病と同様に脳深部刺激療法が行なわれています(手技については脳深部刺激療法の項参照)。脳深部(視床前核というところ)に電気を流すことで、異常な神経ネットワークを遮断し、てんかん発作を軽くします。また脳内に埋め込んだ電極から異常な脳波活動を検知し、異常波が広がる前に脳に電気刺激を与え、てんかん発作を抑えようとする装置(反応型神経刺激装置:図5-3)が開発されています。てんかんに対する脳深部刺激療法や反応型神経刺激装置はもうすぐ日本でも使用できる可能性があります。

反応型神経刺激装置

図5-3:反応型神経刺激装置

てんかんは薬で治療をするのが一般的と思われていますが、検査法や医療機器の進歩に伴い、難治性てんかんに対する外科治療が将来性のある新たな治療分野となっています。

迷走神経刺激療法

迷走神経刺激(vagal nerve stimulation: VNS)療法は代表的な緩和的治療法の一つであり、頸部にある迷走神経という自律神経を刺激することにより、てんかん発作の程度や頻度を軽減します。
刺激装置設置の手術では、左頚部迷走神経に刺激用電極を巻き付け、刺激装置を左前胸部に設置します。(図5-4)

反応型神経刺激装置

図5-4:反応型神経刺激装置

本治療の特徴は、他のてんかんの外科治療と違い頭部の手術を行う必要がなく、低侵襲であることです。手術は全身麻酔で半日ほどで行われます。

手術後に刺激療法が開始され、退院後は定期的な外来通院が必要です。刺激の基本的なサイクルは5分間のうち30秒間刺激があり、4分30秒間休止します。刺激中は喉がいがらっぽくなったり声が低くなったりすることがありますが、普段の生活に支障がないように、ゆっくりと数ヶ月の時間をかけて刺激条件を調整します。

刺激装置はバッテリー消耗のために約5年毎に交換が必要となります。その際には再度入院して、手術が必要となりますが、初回の手術と違い、胸の刺激装置部分だけを交換しますので短時間で簡単に行えます。最近は心拍検知により発作が起こりそうな時に刺激条件を変えるような設定ができるもの、夜間睡眠中は別設定にすることができるもの、などが出てきました。心拍検知機能が追加された機械に交換することで、発作がなくなった患者さんもおられます。刺激装置の改良は続いており、これからも新しい機能に期待したいところです。

VNS療法は緩和的治療であるため、VNS治療のみで発作の完全抑制にいたる方は少ないです(5%)。しかし、約6割の方には発作の抑制効果(発作回数が半分以下になる、発作が軽くなる)を加えて、いままで副作用のためにもう1剤のお薬追加できなかった方にもVNSを実施することが可能です。

てんかん外科治療に関しては主治医の先生にお気軽に相談してください