パーキンソン病
パーキンソン病とは
パーキンソン病は徐々にからだの動きが鈍くなる病気です。左右いずれかの手や足の動きが小さくなる、すばやく動かせない、歩く時に腕をふらなくなる(動作緩慢、無動・寡動)といった症状があらわれます。筋肉がこわばる(筋強剛)、何もしていない時に手足が小刻みにふるえる(静止時振戦)、前屈みで小刻みに歩く、からだのバランスが取りにくくなる(姿勢保持障害)といった症状もパーキンソン病の特徴です(図2-1)。表情が乏しい、字が小さくなる、ものが飲み込みにくい、手足のしびれ・痛み、関節や筋肉の痛み、さらには、臭いがわかりにくい、便秘、立ちくらみ、睡眠の障害もパーキンソン病の症状として知られています。
図2-1:パーキンソン病の運動症状
パーキンソン病の患者さんは日本全国で約20万人、およそ人口700人あたりにひとりの割合です。パーキンソン病の発症年齢は50歳から60歳以降であることから、高齢の方の100人にひとりがパーキンソン病の患者さんであり、脳卒中、認知症についで頻度の高い神経の病気です。
パーキンソン病の原因は不明で、いくつかの要因が重なり中脳黒質(図2-2)とよばれる脳の一部にあるドパミン神経細胞が徐々に失われると、ドパミンの分泌が少なくなり、パーキンソン病を発症します。なお家族性パーキンソン病では、発症年齢が40歳未満と若く、20以上の関連遺伝子が明らかになっています。
図2-2:中脳黒質模式図(左)成人中脳 黒質(矢印)(右)パーキンソン病患者の中脳黒質(二重矢印)ドパミン神経細胞が脱落し黒質の黒い部分が乏しい
治療の基本は薬による治療で、足りなくなっているドパミンを補充するため、L-ドパやドパミンと似た働きをする薬(ドパミン作動薬、ドパミンアゴニスト)を内服します。 発症後数年は薬がよく効きます。しかし病状は徐々に進み手足の症状は両側となり、また転倒しやすくなります(ヤール分類、図2-3)。
図2-3:ヤール分類
薬による治療が5年以上経つと薬の効く時間が短くなり、薬が効いて動きやすい時間帯(オン)と、薬の効果が切れて動きにくくなる時間帯(オフ)が出現するようになります(ウェアリングオフ現象、図2-4)。またさらに進行すると薬の内服により、手足が勝手に動いてしまう不随意運動が生じる場合もあります(ジスキネジア、図2-4)。
通常、オフの時間が長くなったり、ジスキネジアが強く出たりする場合は、薬の調整を行い症状の変動がないよう治療されます。薬では解決しにくい場合には、手術の効果が期待できます。脳深部刺激療法(DBS)が最もよく行われている手術です。2020年には集束超音波療法(FUS)によるパーキンソン病の治療も保険で認可されました。
図2-4:パーキンソン病の症状
パーキンソン病に対する脳深部刺激療法
パーキンソン病では中脳黒質という場所からのドパミン産生が少なくなることが症状の原因と考えられており、足りなくなったドパミンを補充することが治療法の基本で、レボドパもしくはドパミン作動薬/補助薬といった薬を使います。病初期は薬の効果が長く持続するため、薬の副作用(ジスキネジアなど)や薬が切れる事による症状(オフ症状:身体の動かしにくさ)を感じることはほとんどありません(図2-4)。
しかし、病気は時間とともに進行していくため、罹病期間が長くなると、薬の効果が切れてしまって動けない状態(オフ時間)が生じたり、ジスキネジアという体をうねうねと動かしてしまうような不随意運動が出現したりします(図2-4)。 そのため、徐々に内服する薬の量や回数を増やして身体の動きを調整することになりますが、そのような進行期の患者さんには脳深部刺激療法が効果を発揮します。
脳深部刺激療法(deep brain stimulation : DBS)とは、その名の通り脳の深い場所に電極を留置し、胸部に埋め込んだ刺激装置からケーブルを伝って微弱な電流を流すことで脳の異常な状態を調整する治療法です(図2-5)。
図2-5:脳深部刺激療法
DBSにはパーキンソン病自体を完治させる効果はありませんが、一日の中で動きづらくなるオフ時間を短縮し、ジスキネジアや振戦(手足のふるえ)などの内服薬が効きにくい症状を改善することで体力を維持し、健康寿命を長くします。かつて脳深部刺激療法はパーキンソン病治療の最終手段と考えられていましたが、進行期の中でも比較的早期に用いることで、治療効果を実感できる時期が長くなると考えられています。また、発症して2・3年の間もない時期であっても、薬が効きにくい振戦が主症状の場合にはこの治療の対象になります。
脳深部刺激療法(DBS)について
概要
脳深部刺激療法(deep brain stimulation: DBS)とは脳の奥深くにある特定の領域(核といわれる部位です)に刺激電極を留置し、前胸部などに埋め込んだ刺激装置から電気パルスを送り刺激することにより不随意運動症の運動症状を治療する方法です。
手術の方法
標的となる脳深部の領域は数ミリととても小さいです。そのため正確な位置に刺激電極を留置するために手術では定位脳手術装置という特別な装置を使用します。 まずは定位脳手術装置の一部である、フレームを頭部に固定します。ついでCTもしくはMRIを撮影し、標的の位置を確認し、定位脳手術装置上の座標を計算します。 目標の座標が決定した後、手術を開始します。前頭部の頭皮に3〜4cm程度の皮膚切開を行い、頭蓋骨に小さな穴(一円玉ぐらいの大きさです)を開けます。定位脳手術装置を用いて、正確に標的の座標点に電極を留置します。この際、神経細胞の活動を記録し、標的を正しくとらえているかどうか確認します。目標となる領域に電極が留置できれば試験刺激を行い、効果と副作用をチェックします。症状の改善が不十分であったり、副作用が見られたりする場合には電極の留置位置を修正します。最終的に十分な症状の改善効果が得られ、副作用が見られない場所に電極を留置し、頭蓋骨に電極を固定し、皮下にリード線を一旦埋没します。ここまでの手技は局所麻酔で行うことが多いですが、患者さんの状態や施設によっては全身麻酔で行う場合もあります。
その後刺激装置の埋め込みを行いますが、ここからは全身麻酔で行います。刺激装置は前胸部や下腹部の皮下に埋め込み、頭部に埋め込まれた刺激電極と接続します。これで手術が完結します。
手術を受けた後の通院
脳深部刺激には様々な刺激条件が存在し、患者さんごとに最適な刺激条件を調べ、設定する必要があります。しばらくは外来通院の中で最適な刺激を探す作業が必要となります。一旦刺激条件が定まればその後は頻繁な調整は不要となりますが、刺激装置のメンテナンス、バッテリー残量のチェックのため外来通院が必要です。
日常生活への影響
体内に刺激電極と刺激装置が埋め込まれていますので電流や磁場に対する若干の注意が必要となります。埋め込まれた機種によりますがMRI撮影の際には刺激装置をMRI撮影用に設定し直す必要があり、MRIの撮影方法にも制限があります。MRI撮影前には必ず受診した医療機関に脳深部刺激装置が埋め込まれていることを仰ってください。他にも体に電流が流れるような医療器具など注意が必要なものがありますので、主治医へ確認するようにしましょう。
振戦
振戦とは
振戦とは筋肉が意識とは無関係に収縮と弛緩を一定のリズムで繰り返すことによって起こる体の震えのことです。振戦は主に上肢に生じますが、頭部や声、体幹、足に生じることもあります。振戦は命に関わる病気ではありませんが、震えによって字が書けなくなったり、コップで飲み物を飲めなくなったり、日常生活に多大な影響を与えうる疾患です。
原因
振戦は脳の運動機能関連領域の機能異常によって生じると考えられています。原因疾患の一つの症状として生じる場合と、本態性振戦のように振戦そのものが疾患である場合があります。代表的な原因疾患には、パーキンソン病、進行性核上性麻痺などのパーキンソン病類縁疾患、脳血管障害、甲状腺機能亢進症などが挙げられます。また、緊張や不安などで生じる生理的振戦もあります。
分類
振戦はふるえが出現する条件によって分類されます。何もしないでじっとしている時に出現するふるえを静止時振戦、動作に伴い生じるふるえを動作時振戦といいます。疾患により振戦の種類に特徴があります。例えば本態性振戦は運動時振戦が主たるものですが、パーキンソン病では静止時振戦が主たるものになります。
治療
振戦の治療には診断が大事です。振戦の原因となる原疾患が判明すれば、原疾患の治療をしっかりと受けましょう。例えば、甲状腺機能亢進症による振戦であれば甲状腺の治療を受けることで振戦は消失します。原疾患の治療がない場合などには次のような薬剤治療があります。
静止時振戦:パーキンソン病に見られる静止時振戦にはレボドパが用いられます。他に抗コリン薬が有効な場合もあります。
姿勢時振戦:本態性振戦などで見られる姿勢時振戦にはβブロッカーが使われます。βブロッカーは高血圧の薬としてよく使われる薬です。アロチノロールまたはプロプラノロールという種類のβブロッカーが有効なことがあります。他に、プリミドン、ベンゾジアゼピン誘導体が有効なこともあります。
しかしながら、このような内服薬による治療で振戦が十分に改善しない場合には外科的な治療方法が考慮されます。
定位・機能神経外科手術が有効な振戦
本態性振戦、パーキンソン病に対する脳深部刺激術や視床破壊術の効果は多くの臨床研究で確かめられています。他に手術が有効であったと報告されている振戦には多発性硬化症、外傷後振戦、起立時振戦、ホルムズ振戦などがあります。ただし、本態性振戦、パーキンソン病以外の疾患に対する手術効果は報告によるばらつきがあり注意が必要です。主治医とよく相談しましょう。
振戦に対する脳深部刺激療法
薬剤での治療が困難な振戦に対する外科治療には脳深部刺激療法、定位的視床破壊術、集束超音波視床破壊術、ガンマナイフ視床破壊術などがあります。 脳深部刺激療法の特長は刺激調節性があること、可逆的な治療方法であることです。振戦の強さや副作用に対応し刺激パラメータを調整することができます。また治療に不満足な場合など、必要に応じて刺激装置は抜去することができます。一方、短所としては刺激装置を体内に埋め込まなければならないことです。治療を受ける際には他の治療方法とよく比較してご自身にとって最適な治療方法を選択してください。
定位的凝固術
振戦に対する定位的凝固術
適応となる患者さん
振戦に対する定位的凝固治療は1950年代から有効性が報告されており、本邦でも長く行われている治療法です。脳の中の視床と呼ばれる部位が振戦症状に関与していることが分かっており、この部位を凝固する(熱を加える)ことで振戦症状の改善が得られます。現在、振戦に対する治療として凝固術、脳深部刺激治療、集束超音波療法※1 が保険診療として承認されています。凝固術は①体内への人工物(脳深部刺激装置)の留置を希望しない、またはできない患者さん、②頭蓋骨密度比が低い(骨密度のばらつきが大きい)、頭髪の全剃毛を希望されないなどの理由で集束超音波療法の適応でない患者さんに第一選択として推奨される治療法です。 ただし、振戦も患者さんの様々な症状特性、病態背景により推奨される治療法が異なりますので、定位的機能外科治療を専門とする医師の診察を受けて治療法をよく相談することも大切です。
※1 2020年10月時点で、集束超音波療法の適応として保険収載されているのは本態性振戦とパーキンソン病による振戦です。
手術の方法や入院期間
定位的凝固術の入院期間は約1週間です(外来通院での抜糸を希望される場合は、さらに短期間の入院で治療可能です)。通常、全身麻酔ではなく局所麻酔(頭皮切開部に麻酔薬を注射し行う方法)で治療を行います。脳深部刺激療法や集束超音波療法と同様に手術当日に頭部へ定位的脳手術用フレームを装着し手術室に入っていただきます。頭髪は剃毛しないか、または手術部位周囲を数cmのみ剃毛します。ベッドに横になった状態で、前額部より数cm上の位置で皮膚を3cmほど切開し、その直下に約1cm径の穿頭(頭蓋骨に小さい穴を穿つ)を行います。その穴から熱凝固針を脳の中の視床と呼ばれる部位まで進めて、症状の改善度合いや副作用がないことを確認しながら数十秒間、凝固を行います。凝固が終了したら熱凝固針を抜いて皮膚を縫合し手術が終わります。術後、体内に人工物が残らない点が脳深部刺激療法との最大の違いです。手術時間は施設によって多少前後しますが、通常は脳深部刺激療法や集束超音波療法より短時間で終わります。
凝固療法の効果
凝固した直後から振戦の減少を実感していただくことができます。書字やコップの保持など特定の動作で振戦が目立つ患者さんには手術中にそうした動作もしていただき症状が軽減していることを確認します。
凝固療法の限界と起こり得る合併症
振戦症状が十分に消失するまで凝固を行いますが、凝固が広範囲になると脱力などの運動麻痺、構音障害、しびれ感などの知覚障害が出現し後遺する可能性があります。したがって、最大限の症状改善を目指しつつ副作用が出現しないように手術中は患者さんの様子を確認しながら治療を行います。
手術を受けた後の通院や日常生活への影響
通常、退院してしばらくした後に手術創の確認や脳画像検査などのために外来受診していただきますが、脳深部刺激療法と違い刺激パルス発生装置の調整が必要ありませんので、継続的な定期通院は不要です。振戦症状に対して内服していたお薬は、担当医と相談した上で減薬または終薬できます。
治療を受けたことによって禁忌となる日常生活上の事項はありません。ただし、脳の治療ですので退院時の患者さんの状態、自宅での生活スタイルに応じた注意点など説明を受けてください。
集束超音波療法
集束超音波療法とは、超音波を一か所に集めることで熱を発生させて、脳組織を熱凝固する治療法です。MRI装置の中で治療を行います。MRI撮影を行いながら超音波を照射することで、超音波を当てている場所と温度をリアルタイムでモニターしながら治療を行うことができます。皮膚切開を必要としませんが、頭髪はすべて剃毛しなければいけません。
治療時間は1〜3時間程度です。頭蓋骨の性質によっては、超音波が頭蓋内へ集束できず、高温を発生させることができないため、集束超音波療法の適応外となることがあります。そのため、集束超音波療法を受ける際には、事前に頭蓋骨が集束超音波療法に適応となるかを頭部CT検査で確認すること必要があります。 手のふるえ(振戦)を生じる本態性振戦およびパーキンソン病に対して適応のある治療です。
ジストニア
ジストニアとは
ジストニアは全身のあらゆる筋肉にさまざまなパターンで生じます。一定のパターンで筋肉が収縮し、こわばったり、ねじれたりします。これにより思いどおりに体を動かせなくなります。このパターンは患者さんによってそれぞれ違います。パターンや部位によっては、ジストニアに病名がついていることがあります。字を書くときに症状がでれば書痙、首に症状があれば痙性斜頸などとなります。同じ病名でもパターンはさまざまです。頭の画像検査をしても、多くの場合は異常が見つかりません。何等かの原因で脳の神経回路に異常な信号パターンが生じてしまい、これにより体の筋肉が勝手に動いてしまいます。
ジストニアには、さまざまな治療法があります。薬の内服、ボツリヌス毒素の筋肉内への注射などがされますが、これらが無効、効果不十分であった場合、手術治療が行われます。手術治療があることについてはあまり知られていないかもしれませんが、病気によっては完治に至ることもあります。
手術治療には、脳深部刺激療法、定位的凝固術、バクロフェン髄腔内投与療法などがあります。バクロフェン髄腔内投与療法は別の項目で解説がありますが。全身性で難治性のジストニアの患者さんに対して体を柔らかくして症状を軽減させる目的で行われることがあります。
定位・機能神経外科手術が有効なジストニア
脳深部刺激療法
脳深部刺激療法は、脳の深部に電極を挿入し持続的に電気刺激することで、異常な信号パターンに陥っている脳の神経回路を調整し、症状を軽減させます。主に両側の淡蒼球内節という部位を刺激します。
ジストニア全般に適応となりますが、特に有効性が期待される疾患は、下記のものがあります。
全身性のジストニア
体幹部(顔・首・口・腰など)のジストニア
薬の副作用によるジストニア(遅発性ジストニアといいます)
特に一部の遺伝性のジストニアや遅発性ジストニアでは、高い有効性が示されています。その他のジストニアについても、それぞれの症状パターンごとのデータは多くは報告されておりませんが、有効性が期待されます。
定位的凝固術
定位的凝固術は、脳の深部に電極を挿入し熱を発生させることで、標的とする構造物を熱凝固する方法です。基本的に得られる効果は脳深部刺激療法と同一です。体内に器械の埋め込みを要さずに効果を得ることができます。適応となる疾患は脳深部刺激療法と同一ですが、手や足などの身体の片側に限局しているジストニアに対して、最もよい適応があります。